プロフ その3(1981~1983)

1970年代から1980年代にかけてサーフィン雑誌が次々発行されました。サーフィン・ワールド、サーフィン・ライフ、サーフィン・クラッシク。
カリフォルニアよりもハワイやオーストラリアの記事が多く、すごい波で見たこともない技を披露しているサーファーの写真を見て興奮しました。高校生のサーフィン・バイブル本は川井幹雄さんが監修したスポーツノートです。サーフィンの教科書みたいな作りで、技の名前、ゲッティングアウトのやり方、サーフギアのカタログなどが掲載されており、正直それしか情報が無い時代でしたw。サーフィンの他にスケートボードやBMXなどその当時の新しいスポーツ?を取り上げていてその時代に始めた方は皆さん読んでいたと思います。
まだVTRがあまり普及していない時代でよくサーフ・ムービーの上映会も開かれていました。その土地のサーファーが集まり、酒を呑んでちょっとしたパーティーみたいな感じです。
1981~1983頃のサーフボードは、初めはシングルフィンしかありませんでしたが、ツインフィンが出てきて、ツインスタビー、トライフィンと進化していき、リアルタイムでいろいろな板に乗れた時代でもありました。ウエットスーツも黒のスキンからカラージャージが主流になり、今考えると恥ずかしいカラーリング・・・w。今でこそ「80’s BACK!」とか言ってますけど、リアルで経験した人はどう思ってるのかな?w。
ハワイ行ってきた先輩がいて、初めてドルフィン・スルーを教えてもらいました。それまではプッシング・スルーかローリング・スルー、もしくは板を捨てて潜ると3種類しかゲッティングアウトの方法が無かった時代。ドルフィン・スルーのおかげで効率良くアウトに出れるようになりました。コンペも盛んに行われていましたが、自分のスタイルを大切にする事もこの先輩から学びました。ビックウエーバー、小波が得意、コンペが強い、スタイル重視などいろいろなサーファーがいて、個性が強いサーファーが多かったと思います。
石巻初のフリーダムサーフショップや、フラワートップ(名前が素敵!)が無くなり、次に出来たザ・サーフショップが無くなり、石巻にサーフショップが無くなってしまい、WAX1コ買うのに隣の東松島市のウエーブ・ガレージまで行ってましたが、後日そのオーナーが石巻にマハロ・サーフショップをオープン。オーナーがGODDESSサーフボードのライダーだった為、GODDESS色が強いサーフショップでしたが、その当時では珍しかったBALIで買い付けた物や沖縄に行った先輩が買い付けてきた米軍払い下げの中古家具、古着、ファイヤーキングの食器などいろいろなモノを知ることが出来ました。今思うと石巻サーファーは先見の明があったんだな〜と思います。

高校生になり、朝から晩までサーフィンの事しか考えていなかったので、部活は年に数回行けば良い部活を選び、放課後はもちろんサーフィン。休日は朝から暗くなるまで海で過ごし、地元に波が無いと休みの前の日に大人の人に電話をしまくり、どこか波がありそうな所に車で乗せてもらったりしてました。サーフィンをする高校生が徐々に増え20数名くらいになり、チームを作って皆で切磋琢磨してサーフィンをしていました。そのチームから後日、東北初のプロサーファーが誕生!石巻出身を誇りに思います。サーフボードは小遣いが少なかったので新品のサーフボードは中々買えず、いつも先輩のお下がりを安く譲ってもらったり、また新しいボードを乗っている人から貸してもらったりして、いろいろなサーフボードに乗ることができました。ウエットスーツはいろいろな種類を揃える事が出来なかったので、とりあえずスプリングと5mmのフルスーツがあれば何とか1年間サーフィンできました。
サーフィンをしまくった高校3年間、勉強はまったくしませんでしたが、前席の奴が頭が良かったおかげで無事に卒業できましたw。つづく